2017-10

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ドリームキャスト発売 そして終焉へ

DC  top

発売直前になって内蔵するチップの生産トラブルなどが発覚し、出荷台数を大幅に削らざるを得なくなった関係で予約キャンペーンを中止するなどの不手際を経て、1998年11月27日に、セガ最後のハードとなるドリームキャスト(DC)は発売されました。

発売日には行列も出来るほどの売り上げがあったのですが、その後一向に生産状態が改善されず、店頭に品物が回ってこないという最悪の事態を招いてしまったDCは新ハードであったにも関わらず、1998~1999年の年末年始商戦で主役になり損ねてしまいます。
一番の売り時をフイにしてしまったDCは出足が極端に鈍り、魅力的なロンチタイトルを揃えられなかった事も加わって売り上げは低迷します。

そして、DC発売から半年も経たない1999年3月、ある発表会がゲーム業界を激震させました。
SCEIがPSの後継機である「次世代PS」を発表したのです。
壇上で公表されたスペックはDCを凌駕し、DVD再生機能も備えているという次世代PS(この時期はまだ正式名称は未発表)に話題を全て持っていかれてしまい、まだ新ハードであるはずのDCはすっかり「過去のマシン」扱いされるようになってしまうのです。

それでもセガは次世代PSが搭載を見送った「ネット接続機能」を売りにして、先行逃げ切りを図ろうとします。しかし、以前の記事にも書いた通り、当時はまだインターネットそのものが普及しておらず、ネット機能は売りになっていませんでした。
そして、低迷するDCに引きずられるかのごとく、セガ自体も迷走状態へと陥っていきました。

PS2を待ち、買い控えの態勢に入ったゲームファンにアピールするため、セガは1999年6月24日からDCの本体価格を29800円から19900円に値下げしました。PS2に先んじてDCを売りたいという、背水の陣となったセガのテコ入れ策だったのですが、この値下げはDCの利益率低下を招き、セガの経営を圧迫するという最悪の事態を招いてしまいました。
TVCMなどの販促も全く機能しておらず、「後藤善男」などの意味不明なCMを打って失笑を買うなど、セガ社内の低い志気が影響しているかのように見えました。

ハードの売り上げが低迷しているため、ソフトのラインナップも魅力的なタイトルがなかなか出揃わず、DC最大のビッグタイトルとして喧伝していた自社製ソフト「シェンムー」も発売延期を繰り返す有様でした。
その後、1999年末の商戦で、急遽発売延期となったPSの「ドラゴンクエストⅦ」と入れ替わるようにして「シェンムー」は発売されました。
なんでもこのシェンムーというソフトは、200万本の売り上げを目指していたそうですが、ハードが普及していないのにソフトだけが売れるわけも無く、売り上げは30万本程度に落ち着きました。
それでも他のタイトルよりは良い数字だったのですが、70億円とも言われた膨大な制作費をペイするには全く足りず、かなりの赤字になったものと思われます。
結局、PS2から逃げ切る最後のチャンスだった1999~2000年の年末年始商戦も不振に終わってしまい、DCはますます苦境となっていきました。

そして2000年3月4日、DCにとって最大の脅威である「プレイステーション2」(PS2)がついに発売となりました。
発売前から一般マスコミなどでも度々取り上げられていたPS2は発売当初から爆発的に売れ、一気に100万台近くの在庫を捌くというブームとなりました。
対するDCはというと、これといって対策も打てず、過熱するPS2フィーバーをただ眺めるしかないという体たらくでした。
DC発売当初は「打倒PS」「ディファクトスタンダード」などと鼻息も荒かったセガですが、この頃になるとすっかりトーンダウンしてしまい、
「ネットゲームで先行している分、棲み分けは可能だと思う」
と、何とも頼りないコメントに終始してしまう有様だったのです。

1年以上も先行していたアドバンスを全く活かせず、後からやって来たPS2に瞬く間に追い抜かれてしまったDCはますますトーンダウンしていきます。
2000年5月、当時のセガ社長だった入交昭一郎氏がDC不振の責任を取る形で社長を辞任、会長だった故・大川功氏が社長を兼任する形を取るという社内人事の混乱が報じられるなど、セガはもはやPS2と張り合うどころではなくなっている事が明らかになります。
それでもDCが2年目に入ると「CAPCOM VS SNK」などの優良タイトルもちらほらと登場し始めるのですが、DC本体の売り上げを上向かせるほどの影響力はありませんでした。
PS2とDCの、店頭での売り上げ対比は「100対1か、それ以上」とも言われていました。前世代でのPS対SSと全く同じか、それ以上に悪い状況となってしまっていたのです。

ミレニアムと騒がれた2000年のゲーム業界は、PS2の話題一色で終わってしまいました。そして21世紀を迎えた2001年、セガはついに決断しました。

2001年1月31日、セガはDCの生産を3月末で中止すると発表、それに伴ってハード事業からも撤退する事を明らかにしました。
1998年の決算から数年続けて数百億円もの赤字を垂れ流し続け、セガの経営状態は限界に来ていました。セガという会社を存続させるためにはやむを得ない決断でした。
ついに家庭用ゲーム機の市場で勝てないまま、セガはハード事業から去っていったのです。

次回以降は、セガの敗因について述べたいと思います。
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