2017-06

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今は亡きセガハード

セガ

実を言うと、昔はセガ派でした。
ファミコンよりもセガマークⅢを愛用し、PCエンジンよりもマスターシステムを贔屓し、スーパーファミコンよりもメガドライブを応援し、プレイステーションよりもセガサターンを優先していました。

個人的にセガハードが一番楽しかった時期は、1985~1988年あたりの8ビット機時代でした。マークⅢ、マスターシステムのゲームには名作と呼べるタイトルが、数多く存在していました。
個人的に好きだったのは、マークⅢの「スペースハリアー」「ファンタジーゾーンⅠ&Ⅱ」「破邪の封印」「ファンタシースター」「オパオパ」「赤い光弾ジリオン」あたりでしょうか。
全機種用と呼ばれていたSG-1000用のソフトにも面白いタイトルがありました。
「ロレッタの肖像」「ブラックオニキス」などの思考型ゲームもありましたし、「ザクソン」「ピットフォールⅡ」「バンクパニック」などのアクションゲームにも良質なものが存在していました。
ファミコンと比べて発売されるソフトが極端に少なく、雑誌での扱いも小さかったので、当時、唯一セガ関連の記事を大々的に取り上げていた「Beep」を毎月愛読し、マークⅢ関連の記事に一喜一憂していたものでした。

1988年の10月に16ビット機のメガドライブへと世代交代した後、マークⅢのゲームは1~2本程度しか発売されず、ずいぶん寂しい幕引きとなったのを覚えています。
1989年に元号が昭和から平成になり、自分も中学校を卒業して義務教育が終わり、ほぼ同時期に「Beep」も休刊となってしまいました。
なので、1988~1989年というのは色々な意味で思い出深い「区切りの年」だったなぁ、という印象があります。

その後、セガは1994年に次世代機「セガサターン」(SS)を発売し、本格的に任天堂を追撃し始めました。
ロンチタイトルの「バーチャファイター」がヒットした事もあって、SSは好調な滑り出しでした。その後も順調に売り上げを重ねて行き、国内での出荷台数は100万台、200万台と増えて行きました。

セガが最も勢い付いていたのは、1995年の年末商戦でしょう。
この年の12月に発売した「バーチャファイター2」がダブルミリオンを越えるヒットとなり、1995年末~1996年始のSSの売り上げは、あのPSをも圧倒する勢いでした。この時、瞬間風速的にセガが業界のトップとなった時期でもあったのです。
旧SG-1000の頃からセガを見てきた私は、この時のSSの躍進ぶりに、
「時代も変わったよなぁ…」
と、しみじみ感じ入ったものでした。

この直後、そんな上昇ムードが一転、SSがあんな結末を迎えようとは想像もつきませんでした……。

その後のセガについては、また後日更新します。
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