2007-05

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社会秩序崩壊?

なんだか、世の中が荒れ放題ですね。最近、嫌な事件ばっかり起きています。
ちょっと挙げただけでも、

アメリカの韓国人留学生による大学生32人射殺事件
遊園地のジェットコースター事故による死亡事故
大阪のステーキ店従業員による女性拉致監禁事件
愛知の立てこもり&警察官射殺事件


どれを取ってもイヤ~な気分になる事件ばかりで、本当に気が滅入ります。
いつもの趣味についての記事を書く気も失せてしまいます。
こんなときにそんな話題を振ってる場合じゃないよな……と。
すでにあちこちで議論されているので、ここでは簡潔な意見だけを述べます。

遊園地(エキスポランド)で起きた事故は、人災そのものでした。
グズグズの現場仕事、整備・点検の怠慢、利権まみれの運営状況…様々な負の要素が絡み合い、取り返しのつかない悲惨な事故を引き起こしてしまったのです。
スリルを味わう遊具というのは、絶対の安全が保証されて始めて楽しめるものです。今回、事故を起こしたジェットコースターのように「実は死と隣り合わせだった」なんていう整備状況は許されるものじゃありません。事故で亡くなった女性だって、まさか自分が乗っている遊具がこんな事故を起こすなんて思ってもいなかったでしょうし。
何ともやりきれない事故でした。

アメリカの大学で起こった銃乱射による32人射殺事件も嫌な出来事でした。
ニュースや新聞などでも報じられた通り、あんな銃を構えた写真&犯行声明まで用意した上で最悪の凶行に走った留学生に、どんな事情があったのかは分かりません。
しかし、何の関係も無い学生たちを一方的に虐殺し、32人もの人生を奪ってしまったという罪は、決して許されるものではないのです。
犯人の留学生は自決してしまい、もう裁かれる事はありません。ある意味、誰も追いかけていけない所へ逃げてしまったとも言えます。
アメリカの銃社会問題やら民族問題やら、そういったものを抜きにして、ただただ痛ましい事件でした。

大阪のステーキ店で起きた、客の女性が従業員に拉致され、暴行&監禁されたという、これはもうお話にならないくらいの酷い事件でした。
普通に食事しに入った店で、しかも店員に襲われ、最悪かつ理不尽な凶行に巻き込まれる」なんて、こんなバカな話はありません。女性は監禁先から脱出し、事件が発覚したわけですが、犯人たちが女性を二度と帰すつもりがなかったのは明白でした。
あの十数年前に起こった、綾瀬の女子高生コンクリート詰め殺害事件を思い出したのは私だけじゃないでしょう。
しかもこの事件には、さらに嫌な情報も流れています。もしこれが本当だとしたら…と思うだけで鬱になりそうな情報なのですが、今はあえて触れないでおきます。

そして、解決に29時間もかかった、名古屋の立てこもり事件です。
警官を含む4人が銃撃され、SAT隊員が死亡するという最悪の事態を経て、犯人を逮捕するまでの警察の対処には大いに疑問が残る事件となりました。
大体、最初の銃撃で警察官が撃たれて重傷を負い、その後もSAT隊員が撃たれて亡くなっているというのに、愛知県警は「犯人の人権&生命ばかりを重視している」と言われても仕方ない、と言うより、そうとしか思えない対処に終始しました。
人質となっていた女性は自力で脱出し、最後は犯人が投降するという形で逮捕となったのですが、周囲を取り囲んでいるだけで何もしなかった警察関係者たちには「強行突入」という選択肢は最初から存在していなかったようです。
投降間際の、犯人と警察とのやりとりがTVで放映されましたが、聞いているだけでイライラし、怒りでTVを叩き壊したくなるような弱腰対応でした。
何でここまで警察が下手に出なきゃいけないのでしょう?
これでは社会の治安なんて良くなるはずもありません。
まさに「犯罪者天国」とでも呼びたくなる世の中です。
数年前の「17歳バスジャック事件」から、警察は何一つ進歩していないのだという事を露呈してしまった、心底ガッカリさせられた事件でした。

事件&事故に巻き込まれ、亡くなった方たちのご冥福を、心よりお祈りいたします。

しかし、本当に物騒なご時勢です。私とて、いつこういった事件に巻き込まれるか知れません。こうしてキーボードを叩いていても、もしかしたら、これが最後のブログ更新になってしまうかも……などと考えてしまいます。
…ネガティブな文章を長々と書いてしまい、申し訳ありません。

次はいつものオタク趣味な記事を書けるといいなぁ…と祈りつつ、記事を終わります。
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仮面ライダー響鬼の事情 禁を破ってレビュー 其の3

表紙

さて、かなり間が空いてしまいましたが、前回の続きです。
クウガ」から「」まで、5年に渡って続いていた平成ライダーシリーズに代わる新ヒーローを、という企画から始まり、結局はライダーシリーズとして制作されることになった「響鬼」。
様々なキャラ&舞台設定が提案され、内容が二転三転しながら、太鼓で敵を倒す「音撃ヒーロー」という設定に行き着くまでを綴ったこの著書に対する、最後のレビューです。

「ロードムービーに憧れて」という章で、「響鬼」では主人公(戦士と少年)が全国を旅して回る「ロードムービー」というスタイルを取ろうとしていた事について書かれています。
前々回の記事でも触れたように、この設定は2003年の「仮面ライダー555」でも採用しようとして、結局は実現しなかったという経緯があります(「555」の初期数話に、その名残が見受けられます)。
なぜ実現が難しいのかと言えば、著書の中でも言及しているように、ロケ地の確保や遠距離移動に伴うスケジュール、予算調達など、1年間を通して放映する番組で行うにはあまりにも問題山積だというのが実情です。
しかし、文芸チームの大石真司氏から、
予算やスケジュールの問題は最終的にはプロデューサー・マターの懸案なので、設定を考えるのが役目の我々としては、初めから予算やスケジュールの都合を考慮に入れて設定を考えることは、あえてしないほうがいいのではないか
という提案が出され、最終的に実現はしませんでしたが、ロードムービー調を取り入れる方向へと動いていった…という経緯が書かれています。

この提言に片岡、きだ両氏も賛同し、高寺氏も多少の躊躇は見せながらも受け入れた…とあります。より良い作品を、という意気込みから出た提言だったのでしょうが、「クウガ」の頃から予算については何かと問題になっていただけに、誰かが「ちょっと待てよ」と言うべきだったかも知れません。

そして、企画当初から目指していた「ジュブナイル」というコンセプト。
正直、本編でもこの要素は活かされる事なく、置き去りにされていった感がありますが、文芸チーム内でも方向性は統一されていなかったようです。
学校から飛び出すべき」という片岡氏と「学校を舞台にするべき」という高寺氏との食い違いがあり、それが後に、二人が袂を分かつという事態に繋がっていったように思います。
それだけ「ジュブナイル」という要素は、特撮ヒーロー作品の中で扱うのは難しい題材なのでしょう。私個人としても、どちらの意見が正しかったのかは判断しかねます。

9月16日に行われたというテレビ朝日本社での打ち合わせでは、メインになるはずの高寺氏が欠席、テレビ朝日サイドと文芸チームの打ち合わせが上手くいかなかった…とあります(噛み合わないやりとりに、声を荒げるプロデューサーもいたとか)。
高寺氏の欠席理由は体調不良だったとの事で、仕方の無いことなのですが、この打ち合わせに出席できなかったのは痛かったと思います。ここでもやはり「すり合わせ」が足りなかった様子が窺えます。
我々ライター陣をつまらない政治に巻き込まないでほしい
というきだ氏の言葉に込められた「政治」とは、どういう意味だったのか…まぁ、あまり詮索するのも無意味なので止めておきます。

そして11月9日に行われた、響鬼の初お目見えとなった撮影会。
埼玉県長瀞の荒川上流で公開された響鬼のスーツと佇まいは、撮影に集まった雑誌のカメラマンや記者達にも好評だったようです。
しかし、この本の著者である片岡氏はこの撮影会の前日に、
自分のアイディアが採用されないのでヘソを曲げているようだが、そういう人がチームにいると上手く行かない
という理由で、高寺氏から解雇を告げられています。
著書の中では全くといっていいほど触れられていませんが、解雇に至るまでの間に、著者と高寺氏との間で重大な衝突があった事は容易に想像できます。「ジュブナイル」の件以外にも、根本的な主義&主張の相違があったのかも知れません。
前日から車中泊までして撮影会にのぞんだというブレックスの野中氏からかけられたという、
感無量でしょう!
という言葉を、片岡氏はどんな思いで聞いていたのでしょうか。

この撮影会を最後に現場を離れたという著者は、放映された本編の第1~2話に対する不満、矛盾点を上げて、この時期からすでに疵や綻び、行く末に対する暗雲が漂っていた…と書いています。
ヒビキが音撃棒を削るときの手つきといった細かい演出や、魔化魍との戦闘場面における展開のまずい箇所など、「クウガ」で出来ていたことが「響鬼」で出来なくなっている…という片岡氏の文章に、袂を分かった高寺氏に対する複雑な感情が見え隠れしているように思えました。

この本を購入した人が、おそらく最も知りたかったであろう、
高寺プロデューサー交代&大幅路線変更
については、あとがきで少々触れているだけにとどまっています。
番組開始後は関係者ではなくなっていた著者ですが、もともとは業界内にいた人なのですから、その後も何かしらの情報は入っていたでしょうが、デリケートな問題であるが故に、あえて自粛したのでしょう。
ネット上で飛び交った噂の中には、ガセネタに混じって「かなり正鵠を射ている」というものも混じっていたらしいのですが、真相は依然、闇の中です。

最後に、私がこの本を読んでいて、一番解釈に迷ったのが次の一文です。

―――5年前の「クウガ」のときと違って「響鬼」ではもう、番組作りを通してやりたいことが高寺氏自身の中に残っていなかった(このことは筆者が文芸チームにいたときにもしばしば話題にされ、「クウガの落ち穂拾い」と半ば自虐的に表現されていた)―――

解釈の仕方によっては「響鬼」という作品自体を揺るがしかねない文章なのですが、高寺氏はどういうスタンスで制作に携わっていたのでしょうか。
もう「平成ライダー」はやりたくなくて、「新規ヒーロー作品」になるはずだった番組を「ライダー」に変えられて気落ちしたのか、本当に作りたかったのは「クウガ劇場版」だったのか、あるいは特撮番組の制作自体、もうやりたくなかったのか…。
もし、高寺氏が「響鬼」の制作を惰性でやっていたのであれば、それは大いに問題があると言わざるを得ないのですが、高寺氏が東映を退社した今となっては知る由もありません。

3回に渡ってレビューを書いてきましたが、この本に書かれているのは、「片岡氏の視点から見た事情」です。別の人の視点から見れば、また違った事情が見えてくるのかも知れません。でも、それを目にできる可能性は、現状では限りなく低いでしょう。

長々とまとまりのない記事を書いてきました。最初から読んでくれていた人は、かなりダルい思いをしたかも知れませんが、どうかご容赦ください。
この本の出版を、特撮ライター生命と引き換えにした、という片岡氏の覚悟に少しでも報いようと、なるべく誹謗中傷にならないようレビューしたつもりでしたが、上手く書けなかったかも……ブログなんぞ書いてるくせに、文章力皆無ですから。

以上をもって「響鬼」に関する記事を終え、現在放映中の「電王」を、今は素直に楽しむことにします。

仮面ライダー響鬼の事情 禁を破ってレビュー 其の2

表紙

前回の続きです。

この本の著者である片岡力氏は、とにかく設定の細かい所まで作り込み、作品内の矛盾は極力排除し、今までにない特撮モノを…!という主義を本の中でも終始押し出しています。

ヒーローが活躍する世界観のリアリティと公然性」について書かれた章では、様々な作品例を挙げてはその特徴や問題点などを述べ、いかにして「響鬼」の世界観を構築したか…という経緯を垣間見る事が出来ます。
劇中で使う武器」についても、高寺氏が「ボバ(ボバ・フェット)度の高いアイテム」と称したように、いかにも戦闘のプロが使うような、劇中でオモチャっぽく映らないようなものを…というこだわりや、変身に用いる音叉が破損すると、変身形態にも影響が出る、などのアイディア(音叉の片方が折れると、変身後も角が一本折れた状態になり、戦闘能力も落ちる…など)などが紹介されています。

平成ライダーシリーズによくある、「都合のいいときにいつでも傷一つ無い、ピカピカの真新しい道具・武器が降って湧いたように出現する」というシチュエーションを嫌っているようで、「プロのヒーロー」を標榜する響鬼では、そういった部分をおざなりにはしない、「響鬼」はそういった他作品とは違うんだ…という意気込みで作品作りに参加していたとの事。

その他、「バイクに乗らないライダー」についても触れていて、「主人公がバイクに乗らない」という設定を伝えたところ、バンダイサイドは了承したものの、スポンサー(ホンダ&旭通信社)が離れる事を避けるために「バイク問題」を含む様々な検討が重ねられ、結局は
響鬼はバイクを運転せず、他の者の車などで目的地まで移動する
響鬼以外のライダーはバイクを運転する
という二案を採用したものの、修正が度重なり、片岡氏が念頭に置いていたという、
音のヒーローが、騒音を撒き散らすバイクに乗るのはおかしい
というテーマはフェードアウトする結果に。この件について、片岡氏がかなり不満を感じている様子が文面からも窺えました。

「龍騎」などの先代作品を例に上げ、
バイクさえ出ていれば仮面ライダーと認められるような温い状況にすすんで身を任せるのは御免蒙りたい
というメンタリティを抱えていた、と片岡氏は著書の中で語っています。
バイクに乗らないなんて仮面ライダーじゃない!」という不満は、
仮面ライダーがバイクに乗っている画があれば安心する」といった保守的なメンタリティの産物だと斬って捨てている片岡氏ですが、そう言い切れるほど単純な問題でもないのでは…と、個人的には疑問です。具体的に語ってみろと言われると上手く表現できないのですが…。

片岡氏の熱意には素直に感心させられますし、革新的なヒーローを…という意気込みは良いのですが、片岡氏が目指したヒーロー像には、メイン層である低年齢層の視聴者に訴えるための
ストレートなカッコ良さ
という部分が足りなかったのでは…と思ってしまいます。
あくまで個人的な意見ですが。

長くなりすぎてしまうので、この続きはまた後日に。
たぶん、次回でレビューは完結するかと思います。

仮面ライダー響鬼の事情 禁を破ってレビュー

昨年、とある特撮番組に関して行き過ぎた批判を書き、さらに身近で起こったみっともない事まで晒し、閲覧した方に不愉快な思いをさせてしまった事がありました。
あの時は申し訳ありません。

その時取り上げたのが「仮面ライダー響鬼」だったのですが、当分はこの作品について触れるのは自粛しようと決めていました。
が、最近になって気になる書籍が発売となりました。
その本が「仮面ライダー響鬼の事情」です。

表紙

何でも、企画初期段階から関わった元スタッフが、今まで表に出なかった舞台裏を明かす、
東映非公式本
だというではありませんか。

昨年の反省で、ただ罵倒するだけではなく、多少は「歩み寄りの姿勢」を持とうと思い、店頭で見かけたこの本を購入しました。
値段は税別で2400円。高いなぁ…まぁ「非公式本」だし、しょうがないかな?などと思いながらページをめくり始めました。
ちょっと自信がありませんが、個人的な好き嫌いは置いといて、なるべく客観的にレビューをするつもりです。

さて、最初に言ってしまうと、この本は所謂「暴露本」ではありません。
響鬼という番組の企画立ち上げから、実際に撮影に入るぐらいまでの経緯をまとめた、
響鬼前史」という感じでしょうか。
企画当初は「仮面ライダー」ではなかった…というのは以前から噂に上がっていましたが、当時一番の有力候補が、
変身忍者 嵐」のリメイクだったというのは初耳でした。
2004年当時放映中だった「仮面ライダー剣」が不調で、2000年の「クウガ」から5年目に突入し、新鮮味を失いかけていた平成ライダーに代わる新しいヒーロー番組を確立する、という意気込みで始まった企画であった事が記されています。
「非・ライダー」を強く主張する高寺氏をはじめとする文芸スタッフと「ライダー継続路線」で行きたいバンダイ側の衝突、一時は新ヒーロー制作で決定したものの、後にひっくり返されて、結局はライダー作品を作る事になってしまった…とあります。
ライダーに頼らず新しい道を拓こうという姿勢は賞賛に値しますし、スポンサーサイドの意向に翻弄された憤りも痛いほどよく分かりますが、いろんな意味でコミュニケーション不足だったのかなぁ…という印象も抱きました。

そんな流れの中、様々なアイディアが提案されては消えていったわけですが、その中の幾つかが本の中で紹介されています。
興味深いのは、没となった案のいくつかが、現在放映中の「仮面ライダー電王」に活かされている点です。

新ヒーローとなるキャラの「元ネタ」を明らかにし、アピール力を高めてはどうかという提案があり、「アラジン」や宮澤賢治作品など、様々な作品を検討したが、「視聴者の期待感に必ずしも結びつかない」という結論に達し、名作古典に準拠するという案は見送られた…とありますが、このアイディアは「電王」で若干形を変えて取り入れられています。
ソードフォーム=モモタロス=桃太郎
ロッドフォーム=ウラタロス=浦島太郎
アックスフォーム=キンタロス=金太郎
ガンフォーム=リュウタロス=竜の子太郎
といった感じで、童話のキャラを取り入れたネーミング&デザインを採用しています。

もうひとつ、没となった案の中に「本来醜悪な姿をした怪物が端正な仮面を被ってヒーローになる」というものがあり、これは高寺氏が強く推したものの、主演の細川茂樹氏の甘いマスクでヒーローの面立ちが決まっていくのに従い、設定が雲散霧消した…とあります。

このアイディアも「電王」に取り入れられ、話題を呼びました。
主役ライダーの電王は、プラットフォームと呼ばれる基本形態に加え、主人公・野上良太郎に取り憑いた「イマジン」の力を借りて各フォームに変身します。
変身後は、そのフォームの基となったイマジンの人格になるので、「響鬼」では企画段階で没となった、
「異形の怪物=ライダー(ヒーロー)」という図式が実現しています。
「電王」にも佐藤健氏が演じる野上良太郎という甘いマスクの主人公が存在しているのですが、良太郎とイマジンが「憑依」という形で一体となる事で処理しています。
この設定は、やはり「響鬼」の企画段階で消えてしまった、
「逆・桃太郎(ヒーローと敵は同族)」
というアイディアも同時に取り入れる事に成功しています。

その他、「仮面ライダー555」でも検討されたという「ロードムービースタイル」は、様々な事情があって実現しなかったのですが、これが「電王」で形を変えて、時空を移動(旅)する設定=「時を旅する列車・デンライナー」になったのかな…などと想像しています。
まぁ、これはさすがに考えすぎでしょうけど。

こうやって考えてみると、「響鬼」はある意味「電王」にかなり貢献している存在である、とも言えますね。

長くなってしまったので、レビューの続きはまた後日に。

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