2007-03

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追悼・鴨志田穣氏 追記

前回触れた故・鴨志田穣氏の最期を紹介する動画を、最近、You tubeで拝見しました。

亡くなる直前の19日夜、容態が悪化した鴨志田さんの手を握り続けていた西原さんは看護師さんに、
「大きな声で呼びかけて!」
と言われたけど、
「気が戻ったら、また苦しまなきゃいけない…」
と言って、とうとう最期まで一回も呼びかけられなかったそうです。

アルコール依存症は死亡率が8割に上る病気なのに、意思の弱い人間だと言って鴨志田さんを見捨ててしまった事、そのせいで鴨志田さんは一人で病気と闘わなければならなかった事…を、西原さんはずっと後悔していたようです。
一緒に暮らした最後の3ヶ月は酒類に手を出す事もなく、幸せだった…ともコメントされていました。

西原さんや鴨志田さんの著書にもよく登場した勝谷誠彦氏と花田紀凱氏が出演し、亡き鴨志田さんの思い出を語っていました。
今まで、西原さんの漫画に登場する「ほもかっちゃん」と、TV等で憤りをぶちまける勝谷氏のイメージがどうしても合わなかったのですが、鴨志田さんの思い出を語るときの勝谷氏の温和な表情が、初めて漫画のキャラと(少しだけ)重なったようにも思えました。

遺骨となってしまった鴨志田さんに、
「成仏しなくてもいいよ、一緒にうちに帰ろう」
と語りかけたという西原さん。
ファンの追悼コメントに対する返答として「毎日かあさんち」に手書きのコメントを寄せていました。
ファンの人に心配かけまいと、明るく振舞っているような文面に終始していました。本当は辛いでしょうに…。
復帰は急がなくてもいいので、くれぐれも身体に気を付けて、元気でいてほしいものです。
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訃報 鴨志田穣氏逝去

カモメール

3月20日午前5時、元戦場カメラマンで漫画家・西原理恵子さんの元夫である鴨志田穣氏が、腎臓ガンのため逝去されました。
享年42歳。あまりにも早い死でした。

1992~93年頃に週刊朝日で連載していた西原さんの「恨みシュラン」という漫画が好きで、それ以来西原さんの漫画をよく拝見していたのですが、西原さんがカメラマンの人と結婚されたという事を漫画で知りました。それが鴨志田さんでした。

その後、鴨志田さんの文章を読む機会があり、けっこう面白い文章を書く人なんだなぁ…と思い、その後、店頭で鴨志田さんの書籍を見つけるとよく購読していました。
「アジアパー伝」「ばらっちからカモメール」など、今でもお気に入りです。読み進めていくうちに、酒好きな人だという事が度々書いてあり、西原さんの漫画でも飲みすぎて大騒ぎ…というような事が載っていたので、身体は大丈夫なのかな…?と、ずいぶん前から心配にはなっていたのですが、大丈夫ではなかったのですね…。
2003年に西原さんと離婚、吐血して入院…と不幸な出来事が続いたようで、この時期は西原さんと鴨志田さん、双方とも精神的に辛かったのではないでしょうか。

その後の連載で、入院先のICUから無理矢理退院、スリップ(再飲酒)による入退院の繰り返し…といった記事を読み、こんな事をしていたら取り返しのつかない事になるんじゃ…という不安が的中してしまいました。
昨年、西原さんと復縁し、一緒に暮らし始めたときは、すでに末期ガンで余命幾ばくもない事を宣告されていたそうで、せめて最後は家族と一緒に…という配慮だったのでしょう。
娘さんの入学式を見られず、さぞ無念だったことと思います。

まだ42歳、逝くには早すぎる年齢でした。

心より、鴨志田さんのご冥福をお祈りいたします。

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